僕が「幸せ」を探し求める理由

僕が生まれたのは、中米に位置するホンジュラス。世界で最も危険な都市として知られているサン・ペドロ・スーラという都市です。人口あたりの殺人事件発生率が世界で最も高い国の一つ。銃を持った警察や警備を見かけるのは何の変哲もないこと。安心して道を歩くことなんてもちろんできず、いつも背後から誰かにつけられていないか不安な思いで過ごしていたのを覚えています。お城のような大豪邸の横にはスラム街が広がるようなこの国には、「安心と幸せ」を探し求めている人たちでいっぱいでした。

家族が本当にこの国で安心して生活していけるのか、両親はいつも悩んでいたといいます。

ある日、父がこう言いました。
「コスタリカは教育制度が充実し、医療や福利厚生が整っているらしい。軍隊もなく、中米で一番治安が良くて安心して暮らせる。みんなで引っ越そう。」 着々と引越しの準備が始まり、コスタリカにたどり着きました。 私たち家族は、まるでアメリカンドリームを手にしたかのような気持ちでした。 コスタリカは四国と九州を合わせたほどの小国ですが、他の中米諸国と比べ経済的にも発展しており、人口490万人の人々が穏やかに生活を営んでいて私たち家族が求めていた「平和」がそこにはありました。

1948年以降、軍隊を廃止し、永世中立国として世界からも注目されているコスタリカ。 世界有数の危険地帯に位置しながらも、国の予算を軍事ではなく、社会福祉や教育、環境保全に投じてきたことが、私たち家族の心を大きく動かしました。 この国は、人々の幸福感や環境の豊かさを図る「地球幸福度指数」の世界ランキングでは、何度も1位に輝き、「幸福の国コスタリカ」というステータスを確立しました。 私はコスタリカでMBAを取得し、専門が「持続可能な開発」だったため、*WBCSD(World Business Council for Sustainable Development)という団体に就職をしました。貧しいコミュニティーとの関わりや、様々なプロジェクトに携わり、私は一つの目標を見つけました。

*WBCSD(持続可能な発展のための世界経済人会議)とは、経済、環境、社会の調和した持続可能な発展のために様々な活動を行なっている約200社の国際的な企業をメンバーとした経済団体。 「そうだ、日本に行こう!」

子どものころから夢に見ていた日本という国。日本はなぜ経済的に発展しているのか、世界と比べ貧富の差が少ないのか、国の政策はどういうものなのか、日々積み重なる疑問と好奇心が抑えられなくなり、文部科学省の国費留学生として申し込みました。

なんと、なんと、何十倍の倍率と言われていた試験に無事合格したのです!! 僕は期待と希望と共に来日しました。

それからは、日本語や伝統文化を学びながら、頭の中の疑問をゆっくりとひもとく作業が始まりました。 はじめての日本体験がここ、新潟でした。 今ほど日本語の理解度も高いわけではなかったので、 最初はコミュニケーションが取れず、寂しい思いもしました。 地域性というのでしょうか。新潟というローカルさに温かみを感じ始めた頃、 僕の視界が以前より劇的に広がったことを覚えています。

日本人はシャイだけど、 お互いが心を開くことでお兄さんもお姉さんも、おじいさん、おばあさんも。 みんなが国境を超えたつながりを歓迎してくれました。 心が国境を超えた原体験。 想いはコスタリカと日本の距離をいとも簡単に埋めてくれました。

でも、日本での生活に慣れてきた頃、あることに気づいたのです。

テレビのニュースで繰り返される、不幸なニュース。いじめ、自殺、過労死、うつ病などの数々。こんなにも経済的に豊かな国日本で、なぜこのような悲しい事件が後を絶たないのか。僕は疑問でいっぱいでした。

そんな疑問を持ったまま、時が経ち、帰省したコスタリカで過ごす中で、 あの「繋がり」をビジネスを通して、より親密にできないかと考えた僕は行動しました。

 
 

そうだ! コスタリカから幸せになれるものを 日本の人たちに届けよう。


日本には、「縁 -えん-」という言葉があります。 およそ3年の留学生活を思い起こしながら、一種の「縁」を感じた僕は、 遠い島国の隣人たちに「幸福の国コスタリカ」の「みんなを幸せにするもの」をお届けできないかと考えました。 日本のひとたちに歓迎されるもの。それは「チョコレート」だと気がづくのに時間は必要ありませんでした。

僕は、カカオ農園を訪ね歩きながら自分自身の知識を蓄えていきました。 なんということでしょう。 チョコレートの原料であるカカオには、僕の知らなかった嗜みや、効果・効能が数多く隠されていました。カカオの歴史や効能、そして何よりも生産者たちを知れば知るほど、僕はカカオの虜になりました。


コーヒーだけじゃない。 コスタリカはプレミアムなカカオの原産国です。

近年、中米諸国原産のスペシャリティ・コーヒーが、高い評価を得ています。 アステカ帝国への服属、スペインの支配、アメリカの進出、さまざまな戦争…。 波乱が交錯したコスタリカの歴史の副産物がコーヒープランテーションの発展でした。 軍隊を持たない、積極的平和主義の今のコスタリカにとっても、それは大規模な産業のひとつです。 コスタリカの歴史を物語る農産物は、今のコスタリカの存在証明とも言えるでしょう。

美味しいコーヒーが採れるコスタリカの「カカオ」が良質で無いわけがありません。 コスタリカをはじめとする中米原産のカカオもまた、今では多くの品評会で高い評価を得ているのです。 コスタリカ産 カカオの評価を端的に表現したい― 日本で感じた「ご縁」と故郷の「カカオ」「チョコレート」、 何かが起こる気がしてなりませんでした。 いや、自分が何かを起こせばよいのではないか。 そう思ったのです。


生産者を知って初めて知る彼らの「情熱」

中米のカカオ農園をいくつも周り、生産者たちの声に耳を傾けることが多くなり、あることに気づいたのです。 綺麗なショーケースに飾られる有名ショコラティエによってつくられた「宝石のようなチョコレート」と、カカオ生産者がカカオのパルプや泥まみれになりながら汗水たらして生産されるカカオ豆。この大きなギャップがとても歯がゆく感じてなりませんでした。

しかし、カカオ生産者は、まるで自分の子どものように大切に大切に、手間暇かけてカカオを育てています。カカオは彼らの「誇り」だと語ってくれました。 彼らのこの情熱を届けなくては。そして、彼らにお客様からいただく感謝の気持ちを返そうと決めたのです。


夢の途中。

お分かりいただけたでしょうか? そう、ロメロトレードは中米から最高品質のカカオとチョコレートを輸入する商社であり、 なにより、中米と日本を繋ぐメッセンジャーでありたいという想い。 これは、単にビジネスという枠を超えた、一人のコスタリカンの夢の途中なのです。

…そうでした、私には日本人の伴侶がいます。 「幸せの国」出身の男と「幸せにとても一生懸命な日本」の女性。 彼女と2人で日夜試行錯誤の毎日ですが、 そんな今をとても幸せに過ごしています。 感動するチョコレートと「幸せ」が、 あなたの手元にも届きますように。